楽天で英語の利用が促進されていることがちょっとしたニュースになっています。
楽天:社内公用語を英語に 1~3月期は過去最高益で、ちょっとdisられたりもしていますね。
三木谷さんってここまで頭わるかったっけ?(楽天が社内公用語を英語化の件)
あすなろブロガーの松尾さんも記事を書かれていますね。
僕の立ち位置を改めて書いてみると、いちおう楽天の社員なので中の人ではあるのですが、昨年から米国子会社のリンクシェアに出向中です。なので最近の楽天社内の英語化の流れをまさに現場で体験しているわけではありません。間接的には共有をしているという感じですかね。
で、ネガティブな反応もいろいろあがっているんですけど、まぁ、それは三木谷さんもすでに重々承知のことではないかなーと僕は思っています。
これは僕が個人的に感じていることなんですけれど(お約束で会社としての声明とは全く関係ないです、ということです)三木谷さんの考えとしては単純に、「みんな、もっと英語を話そうよ」ということなんじゃないかな、と。
日本人は誰でも英語を使う教育を受けてきているはずなのですが、英語を使うとなると途端にそれは特別なことになってしまうんですよね。そうじゃなくて、まずは英語を皆さん使いましょう、というメッセージ何じゃないか、と。
twitter上で松尾さんとも少しやりとりをしたんですけれど、確かに弊害は多少なりともあるのかなとは思います。日本人同士で英語のやりとりをしていても上達しないよねーというのも確かに。そうなんですよね。例えば採用のことをRecruitという風に訳していたり。普通はHiringかRecruitmentかな。
http://twitter.com/understeer/status/14138753313
ただそうした弊害はあっても、まず、英語を使おうというマインドに変えるのが大事なんだということだと思います。まずはそれが最初の一歩で上達はその次のステップ。一部の人だけが英語で、という区分けにしちゃうと、結局英語を話さなければというマインドにはいつまでたってもならないですからね。
上記の記事の中でWeb屋のネタ帳さんが
人間のしゃべる言語に優劣はない。話が通じるか通じないか、ただそれだけだ。
と書かれていますが、まさにその通りで、話を伝えようとするマインドをまず持とうよ、ということなんだと思います。
ステレオタイプな言及をするのはあれですけど、日本人の習性として他のみんながやれば自分もやるというのがあるじゃないですか。それです。みんなが英語を話せば、必然的に自分も、という空気になります。
そして、もうひとつ、さらに深刻な問題として、弊害があってもこのぐらい強烈に会社を外向きに変えていかないと、今変わり始めなければ世界で生き残れない・・そのために残された時間は少ないという考え方もあると思うんですよね。
さもなくば緩やかな死あるのみ。そのぐらい日本人には今変化が求められている時でもあり、日本の大企業に共通して言えることなんじゃないかな。小規模な会社やニッチな分野で業務を行っている会社であればそれほど影響はないのかもしれませんが。
サムスンの新卒に求められるTOEICの点数が900点以上、日本ではソニーのマネージャークラスでも700点といった内容のtweetが最近僕のタイムライン上で流れましたが(すみません、うろ覚えなので正確な内容ではないです)それをみて、日本はもっと上を、もっと外を真剣に目指していかなければヤバいと背中に寒気がしました。
そうした危機感と、それに基づいた具体的な行動というのが今の日本の閉塞感には必要なんじゃないかな、と思っています。
そういう風に僕は解釈しているのですが、どうでしょうか?